キリスト・イエスは罪人を救うためにこの世に来られた。 Tテモテへの手紙1章15節
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どうなっているの 今の世の中!?
地球

同じように、宇宙に浮かぶ水の惑星である地球、その大きさ、太陽との距離、どれをとってみても、生物が生きるのに理想的な条件を備えています。もし、一割でも地球が小さかったら、大気をとどめるのに十分な重力を失い、大気は地球をおおうことはできません。また、太陽の距離が近すぎたなら、生物は焼き尽くされ、遠すぎると、生物は凍ってしまいます。地球の持つ自然の美しさは、人間の心に何か不思議な思い、厳粛な気持ちを与えます。そこに秩序や法則という美しい知恵があるのを知ります。知恵があるのであれば、人格者の存在を認めることができます。その人格者こそ、天地万物を創造なさった唯一の神様です。

このように、宇宙や地球にある秩序と法則というものを通して、背後にある神様の存在を認めることができるのです。


神様から離れた人間

私たち人間にとって、神様を信じることは、当たり前のことです。なぜなら、人間は神様に造られ、今も、神様に生かされているからです。本来、人間は、神様の愛の対象として造られた大切な存在なのです。ところが人間は、神様に愛されているということを忘れ、自分勝手に生きはじめてしまいました。

その結果、人間はどこから来たのか、何のために生きるのかという人生の目的を見失い、私利私欲に走り、死後どこへ行くのかも分からなくなってしまったのです。

しかも、進化論を土台とした人生観によって、人間の尊厳を失い、差別や悲惨な事件をたびたび起こし、神を恐れる心までもが失われてしまったのです。多くの若者が自暴自棄になっています。いや、若者だけでなく、大人もそうなのです。

そこで、多くの人々は、学歴や富、財産とそれなりの地位をもてば、幸せになれると違いないと思い、人生もそこにかけます。しかし、目的が実現しても心は満たされないのです。米国のロック・シンガー、ミック・ジャガーが、「I can get no satisfaction! I can get no satisfaction! 私は満足できない!私は満足できない!」と歌ったように、神様から離れた人生には、富や名声や権力を手にしても、本物の満足がないのです。

このような人間を、聖書は次のように説明しています。

「彼らが神を知ろうとしたがらないので……してはならないことをするようになりました。彼らは、あらゆる不義と悪とむさぼりと悪意とに満ちた者、ねたみと殺意と争いと欺きと悪だくみとでいっぱいになった者、陰口を言う者、そしる者、神を憎む者、人を人と思わぬ者、高ぶる者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者、わきまえのない者、約束を破る者、情け知らずの者、慈愛のない者です。」

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