キリスト・イエスは罪人を救うためにこの世に来られた。 Tテモテへの手紙1章15節
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救いのあかし
神 舘 良 子(牧師夫人)
神舘良子

私がイエス様のことを知ったのは、小学校2年生のころでした。近所の公園(滋賀県大津市)で、宣教師が伝道しておられたのが物珍しくて、よく話を聞きに行きました。

そこで、神様がおられるのを聞き、やっぱり・・・と思ったのを覚えています。また、私は罪人で地獄に行くこと、ところが神の御子イエス様が罪人の私を救うために十字架にかかり死なれ、3日目によみがえられた。このイエス様を信じることで、今まで犯した罪は全部赦され、天国に行けると聞きました。私は「信じます。」と手を挙げましたが、今までの罪は赦されても、信じた後に犯した罪はどうなるのか、と不安でした。子供の私には「福音」を半分くらいしか理解できていなかったのです。

その後、4年生になった頃、あることがきっかけで、私は罪責感にさいなまれ「こんな罪深い私だけは救われるはずがない。」と自暴自棄にもなりました。なんと傲慢な心だったことか・・・。聖書もあまり読みもせず、疑問も解決しないままでしたが、しばしば欠席しながらも何とか教会に通っていました。

しかし、心には喜びがなく、反対に、友達や、勉強や、趣味のほうに心が向いていきました。「救われる方法が解かったからもっといろいろ楽しんでからイエス様を信じよう」「まずは自分の力で頑張ってから」などと口実をつけ、イエス様に対してガードを張っていました。ところが、こんな身勝手な私をもイエス様は覚えておられたのです。17歳の秋に特別伝道集会があり、すでにクリスチャンだった母に勧められ、仕方なく出席しました。

そこで、聞き飽きているはずの「福音」を改めて聞きました。それは、今までの罪だけではなく、一生の罪をイエス様が全部赦してくださる、ということでした。(Tヨハネ1:19)この時、なぜか、それまでイエス様に対してガードを作り、傲慢になっていた私の心は、ガタガタと音を立てて崩れました。イエス様は私そのものをそのまま受入れ、死ぬまでの一切の私の罪をその肩に背負い十字架にかかって死に、身代わりに罰を受けてくださったことを改めて知りました。

「これほどまでに私を愛してくださっていた。今まで、ずーっと私を忘れず私に御手を差し伸べ、待っていてくださった。私の罪を完全に赦してくださったのだ。」と知って、感謝で涙がとめどなく溢れてきました。そして、心からイエス様を信じました。そして滅びより救われ天国へ行けることを確信できました。この日の喜びは人生最大の喜びです。

でも、このときは将来、自分が献身し牧師夫人としてイエス様に仕えることなど、想像もしませんでした。神様のなさることは本当に不思議だと思います。17歳の救われたときのあの喜びは今、何倍にもなってあふれています。この喜びをますます人々に伝えて行きたいと願っています。

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