キリスト・イエスは罪人を救うためにこの世に来られた。 Tテモテへの手紙1章15節
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救いのあかし
加 藤 信 洋(献身者)
加藤信洋

私はイエス様を信じる以前、人間というのは生きる目的を探しながら生きる存在だと思っていました。しかし、今思えばそれは一時的な目標は見つかっても、人間の生きる真の目的は見つけることができなかっただろうと思います。

私が札幌に来て2年目の春に、アルバイト先でクリスチャンの方から、福音を聞き、集会の案内をもらいました。それまで、福音の「ふ」の字も聞いたことがなかった私には、何か新鮮な感じがしました。私は教会の集会案内に従い、行ったところ、集会はすでに終わっていました。が、クリスチャンの方がまだ残っていて、そこで改めて福音を聞きました。そして、その時に、聖書について学んで行く約束もしました。

私がイエス様を信じたのは、その聖書の学びの時でした。聖書の中で書かれている罪はすべて自分に当てはまることに驚きました。

人間が神様を無視し、生きるのに必要なすべてを神様から与えられていることに感謝しない生き方も罪であり、神様はそのような生き方をする自分が悔い改めるのを、忍耐をもって待っておられることを知り、自分はなんて罪深い人間なのだろうと思いました。そしてどんなに神様を悲しませているのだろうとも思いました。さらに,聖書には罪人は死後地獄へ行くとはっきりと書かれており、人の死後は考えたことはあっても,自分の死については考えたこともなかった私は、ショックを覚えました。しかし、神様は、罪を悔い改めて、そしてイエス様を心から信じる(信仰)だけで罪ゆるされ、地獄から救われるという道を、私のために備えてくださったという嬉しいニュースを耳にしたのです。

これらのことを知った時、私はただただイエス様を、救い主として信じ受け入れました。イエス様を拒む理由はどこにもなかったのです。

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