キリスト・イエスは罪人を救うためにこの世に来られた。 Tテモテへの手紙1章15節
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救いのあかし
澁 谷 修 (会社員)
澁谷修

僕は、今までの人生で自分はいったい何のために生きてきたのか?、そして死んでしまったらどうなってしまうのか?、という疑問をずっと抱いていました。

人は死んでしまったら無になり、永遠に意識のない状態が続いていくのかと思っていました。だったら限られた人生、自分なりに精一杯仕事を頑張ってやり遂げ、自分の生きた証を残そうと思っていました。

でも同じような生活の繰り返しで、次第に情熱も失せ、特に目新しいこともなく、何か漠然とした虚しさを感じ始めてきました。時間はどんどん過ぎてゆき、気がつけば、本当にこのような生き方でいいのかと自分の進むべき道を見失っていました。

そんな時、仕事先でクリスチャンの方とお話しする機会があり、教会ではどんなことが行われているのかに興味を持ちました。そこでインターネットを使って調べるうちに、この恵みキリスト教会のホームページにたどり着きました。

そしてなんとなく見ていたら、とある言葉に目が留まりました。

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」

なにか昔どこかで聞いたことがあるような言葉で、なんだか今の自分の心境にぴったりでした。もしかしたら自分の求めていたものがここにあるのかもしれないと思い、次の週の日曜日に教会に行きました。

そして牧師先生が語ってくださった聖書からのメッセージで、人の価値観というのはその時代ごとに移り行き、様々な情報や人の考えなどによって左右されてしまうと教えられ、人が正しく生きていくには聖書に土台を置いて生きていくことが大切であると教えられました。

「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。 草はしおれ、花は散る。しかし主のことばは、とこしえに変わることがない。」(聖書)

そして、イエス・キリストが自分たちの罪のために、十字架にかかって死なれ、三日後に墓の中から甦ったという事を聞き、イエス・キリストという方はもしかしたら本当に神の子なのか、そして自分の悩みや苦しみから救ってくれる方なのか、と思いました。

そして二回目の礼拝の時にクリスチャンの方々とお話をする機会があり、イエス・キリストは本当に一度死んで、墓に葬られ、甦り、人の力では動かすこともできないような大きな岩をどけて、その後、何人もの弟子たちの前に現れたことを聞き、このような数々の生き返った証拠があることが分かった時、これは本当に神様でなければ不可能だと思い、信じる決心がつきました。

その後のクリスチャンの方との聖書の学びで、イエス様を信じた自分は、地獄から救われて天国に行ける者となったことが分りました。また、自分の今まで犯した罪だけではなく、これから先も犯すであろう罪までも全て赦されていることが分り、本当に嬉しかったです。

真実を知らずに彷徨っていた自分を見捨てずに救ってくれたイエス様に本当に心から感謝しています。また、教会の皆様方も、見ず知らずの僕を温かく迎えて下さって感謝します。

これからの人生、イエス様に日々感謝し、イエス様と共に歩んでいこうと思います。

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