キリスト・イエスは罪人を救うためにこの世に来られた。 Tテモテへの手紙1章15節
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救いのあかし
渡 邊 豊(会社員)
渡邊豊

私がイエス様を信じたのは1994年12月(当時28歳)のことです。

私は福島県の小さな山村で農家の長男として生まれ、20歳からの8年間は専業農家をしていました。結婚し長女が生まれ、平穏な生活を送っていた時もありました。しかし、親子三世代同居して一つの仕事をするというのは難しいもので、世代の違いから来る考え方の違い、農業の経営に対する考え方の違いに悩みました。私は一大決心をして農業を辞め、新たな職を得るために札幌へと引っ越してきました。

札幌へ来てから、クリスチャンの妻に「牧師先生に大変お世話になっているから、一度挨拶に行きましょう。」と誘われ、初めて教会を訪れました。そこでは婦人会が行われており、聖書の福音を聞きました。牧師は聖書の話の中で、手元にあった眼鏡ケースを指して話されました。「簡単な眼鏡ケースも設計者と制作者がいなければ絶対にできない。それよりも複雑な地球、宇宙の秩序を考えたならば、それらを造られた方=神様がご存在するのは明らかである。」

私はその話を聞くまで、神はいない、人は死んだら消えて無くなるという考えを持っていました。しかし聖書の話を聞いて、自分の考えに何の根拠も無いことに気づきました。逆に神様が存在されることの方がはるかに納得の行く話しだと思い知らされました。

そのことがきっかけとなり聖書を学ぶようになりました。その中で、私は神様の前に罪人であり、死後に永遠の地獄へ行かなければならないこと、その私を救うために、神の御子イエス様が十字架で私の身代わりとなり死んでくださり三日目に甦られたこと、そのイエス様を信じるだけで地獄から救われることを知りました。

救われたいという思いがありましたが、決心できない理由がありました。それは、「先祖たちが地獄へ行っているのに自分だけ救われるなんて虫が良すぎる。私は長男としてそんな申し訳の無いことはできない。」という考えからでした。

そのような時、ルカの福音書16章の中から地獄に落ちた金持ちのことを知りました。金持ちは「私には5人の兄弟がありますが。彼らまでこんな苦しみの場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。」と叫んでいました。その時、私の先祖たちは私が地獄へ行くことを望んでいない、本当に先祖のことを思うならば決して地獄に行ってはならないのだと知りました。そしてそのことを通してイエス様を信じる決心ができました。

神様は私の疑問を聖書を通して解決してくださり、救いへと導いてくださいました。そのすばらしい神様、私を愛し私の身代わりとなって十字架で死んでくださったイエス様に心から感謝しております。

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