若き命を犠牲にして、列車の脱線事故から乗客全員のいのちを救った人がおりました。三浦綾子さんの小説「塩狩峠」の主人公のモデルとなった長野正雄その人です。
明治42年2月28日、旭川から札幌に向かう列車が雪の塩狩峠にさしかかった時のことでした。多数の乗客を乗せた最後の列車が、前の列車から突然離れて暴走してしまったのです。大変なことにその列車は、徐々に逆方向へと下り始め、どんどん、どんどんと速度を増していったのです。
彼は列車に付いていたハンドブレーキで、何とか止めようとしますが、正常に作動しません。スピードは少し落ちるものの止めることはできませんでした。やがて後方には急カーブが近づき、このまま突っ込めば、列車は確実に脱線、そして転倒してしまいます。そうすれば、多くの死傷者を出すでしょう。
鉄道員であった彼はそう判断し、意を決して線路に飛び込み、自分の体を列車の下敷きにして、列車を止めたのです。それは、自分の命と引き換えに、乗客全員のいのちを救った身代わりの死でした。白銀の世界に、その車両のまわりだけが真っ赤に染まったのです。