キリスト・イエスは罪人を救うためにこの世に来られた。 Tテモテへの手紙1章15節
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救いのあかし
堀 内 啓 太 (会社員)
堀内啓太

私が初めて教会へ来たのは、中学1年の冬でした。学校のクラスの中に1人のクリスチャンの友達がいました。その友達から、その教会で行われたクリスマスコンサートに誘われたのがきっかけでした。

私はただそのコンサートを聞くために教会へ足を運んだわけですが、コンサートが終わった後、隣の座席に座っていたあるクリスチャンの方から、聖書の事について話を聞かされました。その人は私にイエス・キリストはどんなお方なのか、神様は本当にいるのか・・・など、いろいろな話を聖書を開いて教えてくれました。しかし私は、神様のことをまじめに考えたこともありませんでしたし、聖書の話を聞いても興味がわきませんでした。結局、イエス・キリストはどんなお方なのかも、神様が本当にいるのかどうかもわからないまま、家に帰りました。

しかし、私はそのコンサートの2、3ヵ月後にそのクリスチャンの友達から誘われ、再び教会へ行く事になりました。そこで私はまたあるクリスチャンから聖書の話を聞く事になるのでした。「またか。」と思いながら聞いてみると、不思議にイエス・キリストはどんなお方なのか、少しずつですが理解できるようになってきました。
「イエス・キリストは本当の神様であること。そして私たち人間はこのお方を信じる信仰によって、死後地獄ではなく天国へいける。」ということを。

私はこの話の最後に「イエス・キリストを信じませんか?」と聞かれ、つい「はい」と答えてしまいました。その時、他のクリスチャンから「イエス様を信じてよかったね!」「地獄ではなく天国へ行けるね!」など、いろいろ喜びの言葉をいただき、私もうれしい気持ちになったのですが、しかし「イエス・キリストを信じるだけで、本当に天国に行けるのだろうか。」と、疑問が頭の中をめぐっていました。そんな半信半疑の中、聖書からイエス・キリストについての学びをすることになりました。

聖書の学びが始まってから、イエス・キリストの事についてもっとよく知るようになりました。そして、約半年が過ぎ、イエス様がどんなお方なのかをさらに知るようになるにつれて、私はイエス様に対して感謝の気持ちも芽生え始めました。2000年前、イエス様が十字架にかかって死なれたのは、実は私たち人間のため、もっと言うのであれば「私」のためであったのです。私はその事を知った時、イエス様を信じると告白した直後の半信半疑の「壁」は音を立てて崩れていき、本当にこのイエス様を信じて歩もう!と決心しました。

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